共育って

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僕の仕事はよく教育産業とか教育サービス業とか言われるのですが、
この「教育」という言葉があまり好きではなくて、
やって、教えて育てられるほど自分も立派ではないし。
むしろ、生徒さんから僕も学び育てられている部分も多いと思うのです。
だから、共に育って行きましょうよ。
お父さん・お母さん・保護者の方と一緒に育てていきましょうよ。
という意味で「共育」という言葉をよく使います。
人生のちょっとだけ先輩として、知っていることあるから、
その知識をシェアしましょう。
その代わり、僕にもいろいろな発見や経験をさせてください。
というのがスタンスです。
僕らの業界では、このような教え方が正しい。とか、教え方について
延々と議論が続いたりします。
その中にひとり一人の生徒の幸せという観点が欠落していることがおおいように思えます。
そう教えたら、先生としては満足感が得られる。
でも、生徒はそうじゃないかも。
自己否定ぽく聞こえるけど、教えないのが一番いい。
自分で勝手に好きなことを勉強して、自分のなりたいものになるのが
理想形だと思うのです。
むしろ、そこに到達させてあげるために、僕らは知恵を絞るべきなんじゃ
ないかなーと思ったりします。
ある意味では頼りないと思うのですが、教える・育つ・育てるということは
その対象があって初めて成立すると思うのです。
だから、その対象を認めるところからしか始まりません。
先生は偉くない。生徒がいるから先生でいられる。
教えるのが好き。生徒さんがいてくれるからこそ、教えられる。
いま、生徒の皆さんが居てくれていることに、
僕はまず素直に感謝したいです。

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