今年の入試結果高校。

こちらが気になっているお母さんも
あるかと思いますので、本当はあまりかく気はなかったのですが
ご報告まで。

不合格は出ております。
とても残念ですが。。。

合格者としては
市内トップクラスの札幌東西南北は
道コンのランク順に

札幌南1名
札幌北1名
札幌東1名です。

準トップ校の
札幌開成1名
札幌啓成1名 となります。

私立が第一志望の生徒さんもおられます。中3生は在籍7名でした。

私立の合格者を含めると14名合格。
このうち道コンSS60以上の高校への合格者は13名
実に合格者の92.7%なのですね。

第一志望(聞いている範囲での)への合格は6名。

ちょっと気になってサイトを調べてみたところ。。。
他塾とこの点で競争しないとはいっても気になるじゃないですか。

一部上場の塾さんは未発表。
北海道最大の生徒数の塾さんは
わかる範囲でいうと975名中400名が道コンSS60以上。
札幌市内分ですね。率は41.0%

もう一つの大手さんは、実績がいまだに2011年度の
ものでしたが39.5%。
(計算方法が違うかもしれないかもです。)

どれだけ、うちの子らがこの間頑張ってきたかがわかります。
当然、人数定員制ですし、数は出るわけがない。
でも、質としては相当頑張ってくれたのかなーと思います。

僕が一人で教えるというのは、専門性で不安のある方も
あるとは思うのですが、
全教科でそれなりに修行積んでますし、頼りない非常勤や
経験の浅い社員に担当させるよりはずっと有機的に授業を連動させて
いくことが可能なので。
どの教科に時間をかけるべきか、もすべて客観的なものだけでなく
肌で感じられるので合理的だと思っています。
ちなみに演習主体ではなくすべてホワイトボードを使って
講義形式でしていますよ。

広告みたいになってしまった。
これはしないことを信条にしているのに。。。

北海道公立高校入試結果。。。②不合格になっても

不合格になったみなさん。

入試お疲れ様でした。
今は混乱しているかもしれない。それとも少し落ち着いたでしょうか。
今回の結果は努力が報われなかった。

私自身も皆さんも皆さんのご家族も残念だと思います。
高校に受からせてあげられなかったことで、少し責任を
感じています。

しかし、皆さんが高校に向けて頑張った、その努力というのは
幻だったのでしょうか?
全く、努力しなかったのでしょうか?
私は違うと思います。
みんな頑張った。それは良く分かっています。
この入試を通じて努力したことが
これから生きていくうえでより重要なことだと思うのです。
落ちてしまったら無駄な努力だったと考えないでください。
この入試を通じて皆さんは「目標にむかって努力する」と
いうことを学んだはずです。

結果は残念だったかもしれない。
でも皆さんの80年の人生の中で考えれば、一瞬の出来事
なのです。

その出来事と引き換えに一生役立つ習慣は手に
入れられたと思います。
チャンスは何度でもある。次は大学入試ですし、
なりたい自分になること。どこかで必ずリベンジの機会は
訪れます。その時には今の苦しみや悲しみ、痛みは
小さなものになるはずです。
そして付け加えれば、
この悲しみは決して最後ではないし、もっと大きい痛みがきっと
この後待ち受けています。そして、合格なんかに比べようもない
喜びもあるはずです。それを見つけるのは自分自身。
自分でしか見つけられません。

だから、もううつむかないで前を見ていきましょう。
どうせ自分なんかという自己評価は捨てること。
多大な損失です。

人は勝利から学ぶものは少なく、敗北から学ぶことが
より多い動物です。
このラップタイムが思うようにいかないことで
より大きい成長の機会を皆さんは得られました。
もうみなさんは、敗者ではありません。
明日の勝者です。

すべり止めといわれる学校に行って失敗するのは
公立に合格ししてるはずだったとか、
来るはずじゃなかったと
過去に束縛されるケースがほとんどです。

それはすべて否定してください。
皆さんは選ばれてその進学先に行くのです。
そこでどのように自分へのプラスを生み出していくかだけを
考えてほしいなと思います。
後悔などプラスを生み出しませんよ。

迷ったらいつでも相談に乗るし、声をかけなさい。
この部分は命令形です。

北海道公立高校入試結果。。。①

いやあ、さすがに更新を入れないと
見ていただける方も減るようで。。。

しかし、月曜の発表から後が忙しい。
合否結果の確認とかではなく。不合格からの。。。
私は正直、常に、今までずっと合格した子には冷淡です。
それは自分の娘を含めて。
合格した子なんてどうでもいいのです。少々乱暴。

むろん、賞賛はしますが、生徒の努力の結果の実績
であって、生徒を募集するためではない。
合格実績が塾の通知表だとも思わない。
実績は公表しますが、塾の実力だと思わないし、
合格をとるために努力させられたことが
うちの実力だと思っています。

むしろ重要なのは受験の結果で終わらせないことなのです。
合格した子は今聞く耳がありません。だから、4月までかけて、
じっくりと刷り込む。
不合格で落ち込んでしまう子の方が私はより気になる。
残酷だけれど、合格した子も不合格の子も同じ教室で
勉強させます。
初めにラップタイムでしかないことを話しして。

入試は落ちる、受かるが必ずあります。
でも、そのことはある意味一瞬でしかなくて、
落ちたことにも必ず何か人生における意味が
あると思うのです。
合格しても、不合格になっても、それで何かの自由を
得られるわけではないし、
不合格の中から、強さを学び取って
ほしいと思っています。

いろいろな経験を積んで強くなり、なりたい自分への
道筋を得られるはずです。

この敗北でうつむいてしまうことこそが人生の損失のはず。
私はそんな生徒さんに育てていきたくはないと考えます。

いよいよ明後日発表ー北海道公立高校(中3向け)

月曜日には公立高の発表です。

中3は昨日卒業式で、、、
いまは本当に宙ぶらりんですね。

うちにも中3の娘がいるので結果は気になります。
当然中3生全員の結果は気になるのですが、
今はどちらかというと元NFLインディアナポリスコルツのDE
ドワイト・フリーニーがどのチームと契約するのかの方が私の
人生にとっての重大関心事です。
どこに行ってもまだ活躍できると思うのですよ。
希望としてはニューヨークジャイアンツかな。出身も確かあちらの方だし。

とかなりいい加減な感じ&ひどい父親ですが、
今、結果は気にしても仕方ない。

確かにドキドキするよね、不安にもなるだろう。

ただ、明後日出てきた結果によって君らの人生が成功するわけでも
だめになるわけでもない。

その結果は君たちに何を約束するものでもないのだということを
初めに理解すべきだと思います。

入試はゴールじゃないし、ゴールにしちゃいけない。
先生としての僕の仕事は終わってもいないし、
新たに出てきた結果によって本当に始まるのかもしれない。

あさって、10時に紙が張り出されるまでだれにも何もわからないのです。

もしもそこに何かがあるとして、
今までの努力が報われてよかったねか。
報われなくて残念だったねか。
しかない。

どちらにしても君たちは歩いていく。
道は変わるかもしれないけれど、
歩き始めなければならない。

今いる場所がゴールではないのだから。

去年も書いたのだが、人生のゴールは自分自身で決めるものなのだ。

まわりやましてや他人が決めるものでは決してない。

この結果を恐れるな。
この結果で変わる未来を恐れるな。
この結果であきらめてしまうことを恐れろ。

何も成し遂げたわけじゃない。
何も傷ついたわけじゃない。 また、新しい道が待ってるだけです。

だから、不合格になっても、合格しても泣くなよ。
涙は思考を停止させるからな。って、むりかもな。。。

うーん。そおなのかー?国語

先日ラヂヲを教室に行く途中聞いておりました。
FM802の「進学への二人三脚」という金曜の午前中の
番組なのですが、

そこで、センターに向けての勉強(国語)みたいな話がありまして、
「小説については客観的に読むことが大事です。感情移入しても
問題が解けません。」のようなことを
「客観的に読む練習を高1のうちからしておかないと」
のようなことが述べられていました。

正直聞いていて若干悲しくなりました。
北海道ローカルの番組だと思うのですが、
私が大阪で国語(その割にこのブログの助詞がおかしいという
突込みは覚悟しております。申し訳ございません。)
を教えているとき、小学生に対して
説明していたことを、北海道では高校生までしないのか?

国語さえ入試のための道具であると考えている私は、

「小説物語は感情を交えず読むんだよ。感動して涙ボロボロ流したところで
合格させてもらえないからねー」
みたいなことを生徒さんに申し上げておりました。20年近く前ですね。
これでは、基本的に積み上げが必要な国語という科目の
格差はなかなか埋められないような気がするのです。
もしも高校生になるまで、客観的に読むということが
伝えられていないのならば。

国語の指導者の方には異論があるかもしれませんが、
思い込みの排除は国語という科目の中の基本だと思っていますし、
教えてさしあげないと客観視というのはできない。

そして、付け加えると
小中学生の場合、小説物語の一番急所になるのは
人間関係であることが多いと考えています。
人間関係の客観的かつ正確な把握でかなりの出題が対応
可能ではないかと考えています。

たとえば、一つの行動がその登場人物にどのような影響
-心情であるとか、その心情に基づいた行動を引き起こすか
を考える場合に、人間関係というのはかなり大きなファクター
になるはずなのです。

嫌いな先生から殴られる。
信頼して敬愛する先生から殴られる。

イジメ体罰の話でも書きましたが、その後の展開は自ずと
変わりますよね。どちらも体罰のはずなのに。。。

殴られるという行動のみにフォーカスをあてても正確な
答えが出ないでないでしょう。おそらく。

ただ、この段階から高校生が指導を受けているとしたら。。。
考えると悲しくなります。

ラヂヲに出演されるくらいなのでかなり権威のある方なのだと
思います。高校生の状況もよくご存じなのでしょう。
いま、北海道の高校生を取り巻く状況がそのようなものであるとしたら、
私は少しでも小・中生のうちから、全国的な水準になっていただくための
お手伝いを仕事を通じてさせていただかないといけないなと
思いました。

青年の主張チックですね。でも本気で。

無料体験はしていないのです。

よく強気だなといわれるのですが、
講習会の無料ということをうちではしていません。

今回の春期講習大部分が一般生無料!!とか
なのですが。。。

昨日も書きましたが、私は昔料理人になりたかったのですが、
いまでも素晴らしいなと思うのは、
その持つ技術によって人々を喜ばせる点です。

たとえば、材料を持ってきてそれを販売しているわけではなく
それを技術により加工して喜んでもらっているわけですよね。
だから、100グラム100円の肉を50グラムしか使っていなくても
お金を支払うわけです。

私の塾も基本そうです。
教材を渡して、自習させるのを見るだけだったら、
スーパーマーケットだと思うのです。
確かに塾でしか買えない教材はある。でもそれを
教材たらしめ、合格や向上へと結びつけるのが、
私たちの技術なのだと思うのです。

だから、一つには、一つの空間で5人とか6人とか集まって
バラバラな自習をし助言するタイプのものにはしたくない。

それは個別指導に名を借りた自習管理だと思うのです。
ただ、その存在を否定するわけではありません。

話がそれましたが、生徒の皆さんは指導をはじめとする
私の技術を買ってもらっていると思うのです。
お客さんにお金を出して買ってもらっている技術を
なぜ、無料で提供することが出来るのでしょうか?

講習会において、たとえ塾生の方が無料になることはあっても、
それだけを受ける方を無料にすることは今後もないと思います。
むしろ、うちは塾生の方のほうが安い金額になります。
中3は公表している金額の3分の2くらいなる場合もあります。
夏とか冬とか。
講習会は塾生の方のもので、集客のためのものにはしません。
塾生により力をつけてもらうためのものなのです。

だから、講習会だけ来ても難しくてついてこれないかもしれません。
(中1と高1は別扱いですが。。。)
中1は春期からスタートなので基本から、
新高1は学校によっては時間的にこちらがお金を頂けるだけの
時間を担保できない可能性があるので無料です。

ああ、回数がきちんと入ったからお金をとるとか
ケチなことは言いませんよ。うちにも中3=新高1がいるから、
親として「遊ばしてやりたいな」と「勉強させなきゃな」が相半ばなのですよ。
その複雑な親御さんの心情を鑑みての特別割引です。
こんなサービスは基本しません。

たびたび話がそれて申し訳ありません。
基本、ただでお料理をいただいていただくことはありません。
ましてや常連の方よりおいしい料理をお出しすることなど
あり得ないのです。
常連さんにお出しする料理の盗み食いなど絶対許しません。
まあ全員が無料というボランティアなのなら仕方ありません。
でも、うちが提供するのは有料のサービスなので。。。

塾は高額商品だから試してみないと。。。
それも確かなことですし、入塾されてからがっかりして
いただくことは、私にとってもお客さんにとっても面白くないことです。
ですから、講習以外のいわばお味見は
随時受け付けるようにしています。

内申点の向上(昨日の内容の続き)

結構、テーマはいい加減だったりするのですが。

案外、ご存じない方もおられるので少し昨日の補足的に
書いていきます。

札幌市の中学生の通知表ですが、ほとんどが5段階評価
なのです。
で、これが内申点といわれるものになっていくのですが、
この下にA・B・Cという要素があります。
たとえば知識とか関心・意欲・態度などなどの項目があり
これについてA・B・Cの3段階の評価が与えられているのです。
とここまでは、一般的によく知られているのですが、
実はこのA・B・Cは表に出ないのですが○とか+とかの
隠し要素があります。
A○もAも同様にAとしか表記されません。

だから、Aばかりがついていても4であったりとかが
ありうるわけです。逆にBがあったとしてもほかの要素が
A○ならば、5になる可能性もあるということです。

定期テストの点数という要素はわかりやすいのですが、
最終的にはこちらの要素に平常点。たとえば定期テスト、授業中
よく発言するかなどが組み込まれるといわれています。
点数が上がったのに通知表が上がらないというのは、
平均も上がっている。とか、こちらの要素が上がらないという
ケースも多いのですね。

だから、真の意味で内申を上げようとすると、定期テストの結果に
この細目の部分が必要になるのです。
つまり、関心意欲などでBがついているとしたら、
宿題のできや課題の提出状況を疑ってみる必要があります。
定期テストは短期集中でのつめこみや的確な予測で
何とかなる部分が多いのですが、

こちらの方に関しては日常的な部分を見ていく必要があります。
通知表の結果のみたとえば5がついた、4がついただけでは、
将来的にどこの学校の受験が可能でどれほどの合格可能性が
あるかの予測にしかなりません。

細目内容の検討・分析が内申の向上のためには、必要なのですね。
たとえば、1クラスが20人30人となったときに、
それがきちんとできるかというと。。。
個人状況に沿ったものではなく、一般論しか述べることが出来ないのが
私の能力の限界です。

出来れば対策に関してもその子の性格とかキャラクターとかを
考えてのものにしてあげたいと思うので。。。

ですから、1学年については10名程度。
(「程度」になっているのは、付き合いの長い方のご紹介ならば、断ることが
出来ません。すこし、無理をしてしまいます。)
にさせていただいているのです。

人生の目的は何か=食べること。

私の小さい頃の夢はコックさんになることでした。
今でも料理を作るのが好きです。
休みの日は昼・夜ともに家族の分は私が担当します。

中学・高校・大学と通うにつれて、ちょっとずつ道は
それていきましたが、今でも好きなのは化学反応を楽しめる
ところかな。洗濯に比べると反応が複雑だし。

まあ、おいしいといってくれると嬉しくなります。

メインはそこではなくて、

うちには4人娘がいるのですが、
長女は頑固で嫌いなものを食べるくらいならば、
飢え死にした方がマシと幼稚園から決意しています。
そのため虐待を疑われるくらいに幼稚園から小学校。いわば
給食の時期にダイエットに成功しています。

次女は食べることに対してあまり興味のない子で
ご飯が一番の好物で、塩味のおにぎりが好きな料理のベスト3に入ります。

三女は一番父のDNAを受け継いでいて食べることが好きで、
食材や料理に対する好奇心は人一倍。
だから食わず嫌いということがありません。

ここで比較するのは次女と三女なのですが、

次女はあきらかに生きるために食べています。
おなかもすくし、自分の寝食を忘れるものがあれば、
ご飯は文字通り忘れてしまいます。

三女は逆に食べるために生きています。
おいしい食事をすること自体が現在の彼女の生きる目的なのです。

そのための手段が運動することであったり、
働くことであったり、お手伝いをすること。(一番の働き者なのです。)

私は全く否定しません。
その目的はいつか変わるものであろうし、
変わらなったとしても、その目的に関連する仕事を
身につければよいと考えています。

もう何十年も前に、大手スーパーに就職した大学の先輩に
言われたことがあります。
「鍜冶、仕事好きか?面白いか?」
「はい。面白いですよ」
「おお。それはええな。やっぱり自分が好きで面白い
と思える仕事で食っていけるのが、俺は一番幸せやと思うぞ」

好きなことを仕事にできるのは幸せなことだと思います。
仕事を好きになることも。

子供たちの人生にかかわることは同時に将来観を
持つのに携わることでもあります。
私の仕事もそのような仕事にしていきたいと考えているのです。
それは自分の娘だから、とか塾生だからとかの区分はないな。
と感じています。

しまりのある文章ではありませんでした。すみません。

北海道の公立高校入試⑦ 中2以下向け 

月曜日には公立高校の入試発表。
札幌市の中3は今日が卒業式ですね。

いよいよ、現在の中1・2が入試のメインとなるのですが、
北海道の内申のしくみについて少しおさらいします。
だから、現在の小6向けかな。

北海道の公立高校入試は
615点満点。

当日が300点で内申が315点です。
内申は9教科の5段階評価の点数を中1、中2は2倍し
90点ずつ。
中3は3倍して135点。
合計315点となります。
ここで取れた点数を当日点と合わせて合計をだし
この上位からとっていくこととなります。
俗に言われるAランクとかBランクとかの上位と下位では、
当日受けるまでに
20点くらいの開きが最初からついていることになる。

このほかにも学校ごとの内申重視や当日点重視で若干変動は
生まれます。

これを実際の数値で計算していくと
内申点の割合は全体の51%。
さらに、中1、中2はそれぞれ7分の2なので、それぞれの学年が
終わる段階で高校入試の14.6%が決定していることになります。
つまり、中2のの終了段階では約3割がた、どこの高校に行けるかが
決定しているということなのですね。
中1の1学期ですでに約6%程度が決定します。

しかも、数学で5をとろうが、社会だろうが、体育だろうが5は5で
平等に判断されるのです。
また、美術はテストのない学校も多いので。。。
絵心のない子は救われません。うちの娘とかも。

つまり、うちのところが5教科指導なのは数学で5じゃなくても
社会で5をとれば、改善できるよね。という発想です。
首都圏であれば英数国ができれば難関の私立はいけますが、
ここ地方都市札幌では理社も同様にして重要。
均等配点だし。

と同時に中央区内の中1からの通塾率の高さも
この15%近くが中1段階で決まってしまうという部分に負うところが
多いのではないかと考えています。
まわりが通うと対抗措置上(そこまで敵意に満ちたものでは
ないのですが)
通わざるを得ないという部分があると思います。

通塾している比率が高いからこそ、中学校の先生が思わず、
もう塾で習ってると思うのだけどな。とかあとは塾で聞けとか
口を滑らせてしまうケースがあるのだと思います。

だけれど、何でもかんでも塾に通わせればいいのかというと
それも少し違う。
指導の向き不向きがあるし、何を目的にしている塾かでも違う。
塾に通わずに成績を向上させられるタイプの子は確実にいる。
そんな子には塾必要ない。

塾経営者の言葉ではないのですが、
必要な方に対応するのが塾だと考えているので。。。

話を戻しますが、だから、入試の合格に近づけるためには
まず1・2年は学校の内容をとにかく徹底です。
(この部分で勘違いが多かったりするのですが、こちらは後述)
中3で入試内容に近づけていきます。
特に数学などは中3の内容が中心になりがちなので。
中3内容の深い知識と理解が必要になってくると思いますね。

中1は相変わらずヤバいかもしれない。

このブログはあんまり外に広げようと
自分でもしていません。まあ、塾生と関係者の方だけ
読んでもらえればいいかな。
くらいの感じで素朴にやってるつもりです。

私自身が積極的に広げるつもりがないので、
誰かの読者になることもなく。あるいはペタさえつけない。
非常に閉ざされている気がします。
でも、毎日100件。多い時で200件くらいの
読んでいただいている方があり、
中には、ブックマークしていただいてる方もあり
こんな駄文を本当に申し訳ない(ウルウル)
と思いながら書いております。すみません。

最近、というかこの1年間やはりずっと気になるのは
現在の中1生なのです。
昨年、小6がヤバいと書いた状況がなんの変化もなく
延長しているように思います。

わが愚息は今中1で、ちらっと昨年勉強を見たときに
ヤバいなーと思っていました。
最近ようやく何とかなりつつあるのかなー?
と思いつつも、

状況的には全国的にやはり厳しいようです。
とある機関の調査によると(まあ、教材会社ですが)
首都圏においても中学校によっては
①平均点が20点台(1学期期末)とかの学校もあった。
②中学校ごとの平均点のばらつきが大きくなっている。
そうです。

やはり、全体的に点数が取れていないのです。
学習指導要領改定の矛盾(移行措置)を一身に小学4年から
担ってきた学年であるだけに、スピードも速く身についている
いないの差が非常に大きくなっているように感じます。

また、保護者の方の中には兄弟のうえ、特に中3や高1に比べると
点数が取れてないなー。という
感想を持たれる方も多いようです。
難しくなっているから、やっていることも多いから、ある意味
点数取れないのは普通なのです。
同時にやはり平均点も下がっていますし。

成績は確実に上下の差が大きくなっています。

考えれば、当たり前ですよね。
落ちこぼれが大きな問題となっていたから、ゆとり導入したのだし
それがなくなれば当然成績は上下で広がります。
なおかつ、土曜日は休みなのだし。

じゃあ、マイナスばかりかというとそうではなく、
うちの家庭においても中3の姉が知らないことを
中1の弟が知っていてへこませる。それでも受験生なの?
的に。場面が見られます。
必ずやり返されていますが。
時には腕力で、時には勉強で、時には口で。

つまり、大学受験まで考えると今の2年生までは浪人がきつい
可能性があります。その時に知識の差が大きくなっている可能性も
あるからです。

今大学2、3年くらいの連中が
「うちら、フルゆとりだから。浪人の人にはー。」と自虐的に
言っていたことを思い出します。

全く逆のことがないとは言えない。
今の中1生については学校の学習内容をどれだけ定着させるか。
それは、小学校の内容にさかのぼっても。
必要であれば対応する。ことが必要ではないかな
とも思います。