小6算数「速さ」についての勘違い。

当塾の6年生でも速さの苦手な子がいます。
その対応策は、別項目になるので。

今回は、中学に行ってからのお話です。
小学校のレベルで行う「速さ」は「速さ」の基本領域を扱います。
難しいことはあまりないですし、流れて行きますから、あまり問題を
親、生徒自身が感じないことが多いのですが、小学校でやっているレベルでは
中学の定期テストなどで点数は、取れません。

というのも、点数の取れない部分を勘違いしているからなのです。
多くの生徒は、「速さ」のどの部分で失点するかといえば、
ズバリ「単位の変換」なのです。

「速さ」自体の単位変換 つまり、秒速→分速→時速の変換ができません。
その逆も、できないというより忘れてしまっています。
もう一つは「時間」の単位変換。
分から時間が、あるいはその逆ができません。具体的に言えば、20分→1/3時間がすんなりと
出てこないのです。小数でやろうとして壁にぶち当たる子もいますし。。。

中学校の問題は意地悪で、
時速5キロで1時間20分歩きました。とか45分歩きましたとか、
異なる単位を併用してくるパターンが大変多いのです。

普通に5×1.2とかしますので。生徒たちは、なぜ間違いかも、わからず、そのまま流して
しまっているパターンもあります。

この点は、中学を見据えたうえで、今きっちりと定着させなければなりません。
ご家庭でも意識して見直しが必要です。

当塾では、時間の変換はすべて暗記項目です。
1分→1/60時間から、24分→2/5時間などなど、全てホワイトボードにまとめて
ノートに写していただいています。
「速さ」の単位変換も同様で、この2点に一番力を入れているかもしれない。

集団コースは、5年次と6年次両方とで「速さ」は学習するので、長く通っている子ほど
その定着率は高いかな。。。

2018年11月12日 | カテゴリー : 学ぶ, 教える | 投稿者 : patkyouiku

光星中学校・高校の説明会に行ってみた。PAT共育ゼミナール

今日は朝、札幌光星中学・高校の説明会に
行ってきました。
人気のある学校なのです。古巣の時代から
何人もの方に行っていただいています。
個人の好みからいえばいい学校だと思うのです。
しかし、ここからは趣味の問題なので、賛否両論だと
思いますが、まだまだ、もっともっとできる学校だと
思います。
全面的にカリキュラムを見直せば、
十分に全国的な進学校になれるのではないかな。
南北とかという公立高校を凌げるように
なるのではないかなと思っています。
2月の立ち上げ以降、
札幌市、および近郊の私立中学・高校には
全て挨拶状を送付しました。
つまり、塾立ち上げたのでよろしくお願いいたします。
という内容です。
リアクションとしてあったのは、
北嶺。今日の光星、
不義理して申し訳ありません。
今日の説明会いけなかった札幌聖心女子。
そして、立命館慶祥の4校だけです。
前々から、北海道の私立高校はガツガツ感が足りないなー
と思っています。
アンテナの感度の問題です。
塾というのは生徒募集の代理店のようなもので、
中学校の先生に営業かけても、塾であそこはだめだよ。
一言で終わりというケースもあるのです。
どんなんかわからないけど、とりあえずキープしとくか
という感覚はとても大事だと思うのですね。
奈良の西大和学園がなぜ北海道の塾をいろいろ回っているか。
もう少し考えてみるべきではないかなと思います。
公立の補完装置という意識を少しでも持っているならば、
すべり止めという立場は固定化されていきます。
どこそこを落ちてきた子がこんなレベルになるんですよ
とお聞きします。確かに現状はそうだと思うのです。
しかし、その背景にはどこそこ受かってもうちの高校を選んで
結果、こうなりましたを持っていなくてはならないと思うのです。
僕が最近の光星に好印象なのは、ステラというコースがある点です。
このコースは南北に受かってもうちの規定満たさない
生徒は入学させない。
という、いわば、公立受かってもうちには選ぶ価値がある。
学校サイドとしての矜持というか信念を感じるからです。
そんな意図かどうかはわかりません。
あくまでも個人の感想です。
でも、その意図を学校が持っているならば
それは受ける受験生の選択肢を広げることだと僕は思うし、
北海道の教育全体の底上げを図るものだと思うのです。
なので、北嶺の先生にも東京や関西で入試やったらいいんじゃないですか
と生意気ながら意見してしまいました。
北大同様、道内の生徒が減ることになっても、
強い競争相手を得られれば、北海道の子供たちの学力は
もっと伸びる可能性があると思うのです。
高校に入っていきなり自分たちが十分できていないことを知って
あわてるより、きっとプラスがあります。
札幌市中央区 小中高学習塾 PAT共育ゼミナール

入試はゴールじゃない

公立高校の発表も終わり、
喜びの声、喜びの声。
でも、僕は入試の終了というのはゴールではないと
思っています。

生徒たちが、受験勉強をした期間は1年くらい。
だから、残りの人生の方がはるかに長い。
これから起伏にとんだ人生を生徒の皆さんは送ることになります。

やはり、僕の中の基準としては、入試をゴールに決めさせたら
自分の仕事として負けだなと考えています。
その結果が、良いものであれ悪いものであれ、それがゴールならば、
その子の人生はそこで止まってしまう。
生徒の人生をサポートする立場のものとして、
そこで人生を止めてしまうのは仕事の失敗を意味する。と考えるのです。

スポーツなどと違い
成長や人生というののゴールは自分で決めるものだと僕は考えます。
だから、大学合格が、高校合格が、中学合格がゴールなんだと
自分で考えてしまえば、その瞬間にゴールです。
そこが最終到達点ならば、そこから先の人生って残りカスなの?
もっと人生って尊いものだと思うのです。
高校合格がゴールになる子もいれば、大学合格をそれに定めたり、
就職だったり、結婚?
僕はそれってなりたい自分になるための手段にすぎ無いと思うのです。
だから、顔を上げて前を向いて欲しい。

合格おめでとう!!
でも新しい人生の始まりに過ぎない。
不合格は残念だった!!
でもそれも新しい人生の始まりなのです。

通塾期間が長いと立て直しに時間がかかるなどと言いますが、
決して全てに当てはまる事例ではないと僕は思います。

むしろ、合格を目標に競走馬のように走らされてきているケース
全てを塾のお膳立て通り、これをしたら合格する。
絶対ヤレ!とレールを引かれてしまっているケースのほうが、
立て直しに時間が、、、半年から1年かかる気がします。
受験勉強を試行錯誤しながら、すすめた子の方が、合格不合格に
関わらず次の目標に向かって、手探りであったとしても
前に進める気がします。
統計的に測れるものではないので、感覚的であるのが、申し訳ないのですが

開放感を味わうのは悪いことではないし、次の目標に向かって
充電期間も必要なのですが、
2週間程度に留めて走り始めて欲しいなと思うのです。

勉強だけが重要なことではないのですが。。。

漢字ができません。

感覚的なものに過ぎないのですが、最近漢字のできん子が増えている気がします。
それで、練習させるのですが、
ひどい場合、仕事を5回書けというとイと5回書き、隣に士と5回書こうとします。
結局、仕事という意味のまとまりであることを十分認識させられていないのです。
ただ、漢字が十分に書けない子は多かれ少なかれこの傾向があるように感じます。ひらがな、カタカナの難しいバージョン。つまり、表音文字としてとらえる傾向が。
だから、お家で練習するときには、まず書くのではなく、意味を教え考えさせてから書かせるような習慣が必要だと思います。
練習の質が同じ時間における点数の差を当たり前のことながら生み出します。
この漢字練習の習慣は中学で英単語の練習に繋がります。英単語のよく書けない方も最近増えていますね。
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国語の指導の中で

多分、国語の指導者としての僕の
力量はあまり高くありません。
だから、余計に思うことなのですが、
国語の成績は個別指導が効率的にあげられるかな。
というのも、国語の点数が取れない子のできない要因のバリエーションの方が算数が出来ない子より豊富に思えるのです。
国語も算数。数学も果ては英語理科社会と中途半端にいろいろな科目を教えているせいかもしれませんが、
見ていると文章をとらえられない原因が、基本的な語彙力の不足だけではなく、文を一つのまとまりとしてとらえられない。
文字の集合体としてとらえてしまっているケースが散見されます。
結構高学年になってもそれをしている。
つまり、例えば今日という単語があれば、「今」があるよ、「日」があるよ。としてしまい、今日というまとまった単語としてみていない。
これは、単語の意味をしらないのとは別の次元の話。
国語としての根本に関わることのような。それはちょっとでもいいので音読させると明らかになりますが。
そのレベルだと、国語の文が何であるかというところから説明が必要です。
設問の読み取りにしても設問の意味がわからないのか、答え方がわからないのか。出題者の意図がわからないのか。わからないのレベルが個人毎にバラバラ。
一定レベルに到達している子の集団ならば、展開もまた違うのでしょうが、国語を集団で担当してなおかつ全員の成績を向上させ続けている方はほんとにすごいな。と思います。
僕は国語について子供らの課題が100人いたら100通りなので、個別に対応していかないと成績を上げられない。
もっと修行が必要だと思っています。
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不思議なことに。

世の中で中学受験をする生徒さんは、
どのくらいいるでしょう。確かに首都圏には多い。関西圏も多い。
でも、全国的に見るとそれほど多いかずではないように思います。

しかし、本屋さんに行くと中学受験用の参考書ばかりが、
大量に並んでいます。
僕自身かなり深く関わってきていいるので、中学受験の問題の
難しさや面白さというのはわかるのですが、
あまりに、受験をしない大多数向けの参考書が少ないように
感じます。

ある意味、中学受験をする子は普通の内容は理解できていている
場合が多く、そのため基礎は一切カットできます。
普通の子やあまり得意ではない子がつまずくポイントを
省いても内容が成立してしまいます。
早くから取り組み、繰り返すことも大きなアドバンテージでも
ありますが。。。
ですから、参考書や問題集もつまずくポイントがわかりにくく、
教える方も教えられる方も危険の回避があまり上手くいかないよう
思うのです。それと将来の展開も見えにくい。

もっと、公立中学でのあるいは高校受験を意識しての内容が
あってもいいような気がします。
 
正直、小学校の内容や教科書テストがわかるだけでは
中学校に行って不十分ですね。
例えば、最近も取り上げた割合は中学では基礎知識として
方程式や連立方程式の利用に使用されます。
その時、0.01=1%が理解できているだけでは不十分。

やはり、濃度×食塩水=食塩を仕組みとして理解しておかないと
方程式の立式ができない。
式の立て方は教わるのですが、根本の部分が弱いので、
大の苦手の完成となってしまいます。
僕が方程式の応用や文字式の利用の前に割合・速さで復習の
補習を組むのもの前提としての割合の力を確認しておかなくては
いけないからです。

この点を系統だてて示す資料はあまりにも少ない。
あるにはありますが、教科書会社のものであったり、学習塾の
内部資料だったりするし、一般的には説明がされない。

参考書がないことも不思議なことなのですが、
算数・数学の学びゆくルートが示されないことも不思議なことです。

今僕が時間を見つけていしていることは、自分なりの生徒に与える
参考書を作ること。小中一貫6年分になるようなものにしたいです。

今年の北海道高校入試問題(数学)

数学については
若干、易しくなったという感想を持っています。
裁量問題がこんなもん?
という感じです。
特に立体が絡まなかったのは少し驚き。
どこかで見たことのあるような
あるいはよくやらせていたような問題が多かった印象です。
多分、証明は厳しい人が多かったのではないかと思います。
ただ、中点連結使うよねと気づけたらあとは時間がかからない。
比較的、学校でもよく取り上げているところですが
自分で線をひかせるタイプはちょっときつい。
あらかじめ引いてあることが多いので。
裁量では、ほぼ僕の予測したとおり、
① 整数・確率複合問題。2次関数もしくは2次方程式と絡むかな
と思って、前日も頭の体操風に解き方教えていた。
② 誘導が丁寧なので、弧と円周角の関係にはすぐに
気づけたかな。
③ 関数と図形。等積変形にはすぐ気づくのだけれど、どう使えばいいかは
練習量によるので、素直に方程式に落とし込んでやるほうが、
リスクが少ない可能性が高い。
かっこよく等積変形使いたかった人も多いかもしれないけど。
ただ、訳わかんない座標は(a,b)とおいて処理する。
徹底してきたことが実践で生きたかな?
多分、昨年に比べて、満点取る人は多いのではないかと思います。
あくまで、中学校の数学の範疇を超えるものではないから。
昨年までは発想を中学受験風に変える必要があったと思う
それに比較すると明らかに組みやすい。
6角形も面積を求める公式教えてあるので、行けるだろうし
角錐も正8角錘までなら、方法を教えてあるので、
なんとかなったと思う。
球と円錐の関係については「円柱にすっぽり収まる球と錘の体積比」が
円柱:球:円錐=3:2:1はやっていたのだけれど、覚えてないかな。
ちょっと悔しいかもしれない。

小5割合について

書き込みが精神論ばかりな気がするので
ちょっと算数のことでも書いてみようかなと思います。
小5の割合、小6の速さともに苦手な子が多いのですが
多くの場合、根本原因は小3から小4にある気がします。
まあ遡れば小2なのですが、、、
全ては割り算についての誤解というか。うーん一面的な解釈に
原因があるように思います。
さて、割り算とはなんでしょう。
門外漢の僕で、専門的な教育を受けていないので、解釈的に
間違っていたら、ごめんなさいですが。
① 何かを同じだけ分けるときに使う。
  50個のアメを5人で分けるととか。。。
とても多くの場合、この考えが頭にこびりついて離れないくらいの
勢いです。
今僕が見ている子達もそう。
3年生でする割り算がこれです。
② その数の中にある数が何個入っているか調べるときに使う。
  50は5の何倍でしょうとか。。。
この考え方が十分に理解できていない。①は生活に結びついていて実践的なのですが
②は抽象概念になることがままある。
ゆえに、軽視しがちなのですが、小学生の後半は割り算といえば、②メインなのです。
例えば、倍数・約数。分数の計算。
飴玉を仲良く分けている場合ではなくなっていくのですが、
②の考え、使いこなしが十分でないため、
多くの小学生は5年生でつまづくかな。
実は教科書の中にも一定程度ヒントになる部分はあるのですが
見落としてしまっているような気がします。
だから、この点をみっちり学んでおけば、割合は
②の表現を変えたものだということが分かると思うのです。
もう一つは、表現法。
僕は説明するときに「ものさし」や「基準」という言葉を使います。
「元にする数」=「ものさし」「基準」です。
「比べる数」=「はかりたいもの」です。
「割合」=「個数」「何個」分です。
「はかりたいもの」に「ものさし」をあてたら「何個分」になるの?
  「その数」  に 「ある数」は    「何個」 入っていますか?
全く同じですよね。
 はかりたいもの÷ものさし=個数・○○倍
 比べる数  ÷ 元にする数=割合
実際には、3用法の問題などになるともう少しテクニックが必要なると思うの
ですが、その部分についてはまた後日。
ただ、この考え方を使うと第3用法も少しだけきちんと理解できるような気がします。